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福岡高等裁判所 昭和55年(ネ)292号 判決

控訴人

藤川上

控訴人

吉川博道

右両名訴訟代理人

吉田徹二

被控訴人

吉川サツ

右訴訟代理人

高尾實

山元昭則

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一次の事実は当事者間に争いがない。

1  被控訴人及び控訴人らを含む戸籍上の身分関係は原判決添付別表記載のとおりであるが、控訴人藤川及び山安美代子は、真実は吉川八長と被控訴人との間の子であり、亀十郎の子ではない。

2  本件不動産はいずれも亀十郎の所有であつたが、同人は昭和一八年八月二一日死亡した。そして、控訴人藤川は、戸籍上亀十郎・ユク夫婦の長男として出生届がされていたところから、昭和五一年七月一七日本件不動産につき自己のため家督相続による所有権移転登記手続を了した。

3  控訴人吉川は、昭和五一年七月二〇日、本件不動産につき昭和四八年四月一日売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由した。

二被控訴人は、本件不動産の所有権を家督相続もしくは遺産相続により取得した旨主張するので、以下この点について検討する。

まず、控訴人藤川は、戸籍上亀十郎・ユク夫婦の長男として家督相続人とされているが、真実は吉川八長と被控訴人との間の子であり、亀十郎の子ではないのであるから、控訴人藤川が藤川家の家督相続人たる地位ないし亀十郎の遺産相続人たる地位を有しないことは明らかである。

なお、付言するに、右のような虚偽の嫡出子出生届をもつて養子縁組届とみなすことは許されないと解すべきであり(最高裁判所昭和二五年一二月二八日第二小法廷判決・民集四巻一三号七〇一頁、同昭和五〇年四月八日第三小法廷判決・民集二九巻四号四〇一頁各参照)、また、亀十郎と控訴人藤川との間に親子関係が存在しない旨の戸籍訂正もしくはその旨の確定判決がなくても、本件のような財産権の帰属をめぐる訴訟において前提問題として親子関係の存否につき認定判断することはできると解すべきである(最高裁判所昭和三九年三月六日第二小法廷判決・民集一八巻三号四四六頁、同昭和三九年三月一七日第三小法廷判決・民集一八巻三号四七三頁各参照)。

ところで、被控訴人は、亀十郎の死亡当時、その直系卑属としては被控訴人のみが生存していたから、被控訴人が亀十郎の死亡とともに当然に藤川家の家督相続人になつた旨主張する。

なるほど、〈証拠〉を併せれば、亀十郎の死亡当時、生存していた亀十郎の子は被控訴人一人であつたことが明らかであるが、被控訴人は、昭和四年五月二八日、藤川家の法定の推定家督相続人でありながら吉川八長との婚姻届をし、これが受理されて、藤川家を去つて吉川家に人つたことが認められる。

従つて、右婚姻は、推定家督相続人が他家に入り、または一家を創立することを禁ずる旧民法七四四条の規定に違反することは明らかであるが、しかし右婚姻届が受理されたものである以上、右婚姻は有効であつて、被控訴人は、右婚姻により法定の推定家督相続人たる地位を喪失したものというほかはない(大審院昭和六年七月三一日判決・民集一〇巻九号六二三頁参昭)から、被控訴人は、亀十郎の死亡により藤川家の家督相続人になつた旨の右主張は失当というべきである。

しかしながら、〈証拠〉を併せれば、亀十郎の各直系卑属らの所属する「家」は、被控訴人主張のとおりであることが認められるから、被控訴人が吉川八長と婚姻したことにより亀十郎の法定推定家督相続人は存在しなくなり、以後昭和一八年八月二一日亀十郎の死亡に至るまでそのままの状態であつたことが明らかであり、その結果、亀十郎所有の本件不動産の相続については、民法の一部を改正する法律(昭和二二年法律第二二二号)附則二五条二項本文により新民法が適用されることとなるので、亀十郎の死亡によつて妻ユクと被控訴人が相続により本件不動産の所有権を取得したものであるが、〈証拠〉によれば、その後ユクは昭和三四年二月二五日に死亡し、その相続人は被控訴人のみであることが窺われるから、結局、被控訴人一人が相続により本件不動産の所有権を取得したというべきである。

三控訴人藤川は、被控訴人が吉川八長とした婚姻が旧民法七四四条に反し無効であると解したうえ、被控訴人が亀十郎の真正家督相続人であるとするにせよ、また、右婚姻が有効と解したうえ、民法の一部を改正する法律附則二五条二項により被控訴人が真正相続人であるとするにせよ、被控訴人の控訴人藤川に対する本訴請求は、表見相続人に対する相続回復請求権の行使であるから、前者の場合は旧民法九六六条により、後者の場合は現行民法八八四条により、右請求権が相続開始(昭和一八年八月二一日)後二〇年の経過により時効によつて消滅した旨主張する。

判旨ところで、現行民法八八四条の相続回復請求の制度及び旧民法九六六条の家督相続回復請求の制度は、いずれも表見相続人(後者の場合は表見家督相続人、以下同じ)が真正相続人(後者の場合は真正家督相続人、以下同じ)の相続権を否定し、相続の目的たる権利を侵害している場合に、真正相続人に相続権を回復させようとするものであり、右各条が右相続回復請求権について消滅時効を定めたのは、相続権の帰属及びこれに伴う法律関係を早期にかつ終局的に確定させる趣旨に出たものであるところ、自ら真正相続人でないことを知つている悪意の僣称相続人、または真正相続人でないことを知らないにしても相続権があると信ぜられるべき合理的事由があるわけでもない善意有過失の僣称相続人は、法律上、右各相続回復請求制度が対象と考えている、いわゆる表見相続人というにあたらず、右相続回復請求権の消滅時効を援用することは許されないと解するのが相当である(最高裁判所昭和五三年一二月二〇日大法廷判決・民集三二巻九号一六七四頁参照)。

これを本件についてみるに、〈証拠〉によれば、被控訴人が昭和四年三月二〇日に控訴人藤川を出産後、それまで既に吉川八長と内縁関係にあつた被控訴人自身を亀十郎の法定推定家督相続人たる地位から解放して婚姻による吉川家への入籍を可能にするため、被控訴人の意を受けた亀十郎において、同年四月二日、控訴人藤川を亀十郎・ユク夫婦の子として出生届をし、次いで同年五月二八日、被控訴人は、吉川八長との婚姻届出により戸主亀十郎の戸籍から戸主吉川熊十の戸籍に入つたこと、控訴人藤川は、周囲から出生以来他の兄弟姉妹と同様に吉川八長・被控訴人夫婦の子として扱われ、幼稚園に入るころ被控訴人と共に平戸市にある被控訴人の実家に帰つて以来小学校二年生のころまで右実家にいたほかは、大学進学時に親元を離れるまで両親である吉川八長・被控訴人夫婦のもとで養育されたものであり、控訴人藤川自身において、右戸籍上の記載にも拘らず実父が吉川八長であり、実母が被控訴人であることは子供の時から熟知していたこと、以上の事実が認められ、〈る。〉そして、右認定の事実関係からすると、控訴人藤川は、悪意の僣称相続人であることは明らかであり、仮に、控訴人藤川において、その主張のとおり、家族らから亀十郎の跡継ぎだといわれて育てられ、亀十郎の死亡後そのとおり家督相続人として届出られたことから、自己が亀十郎の家督相続人であると信じていたとしても、かく信ずるにつき過失があることは明らかであるというべきであるから、控訴人藤川は、右相続回復請求権の消滅時効を援用することはできないものというのほかなく、控訴人藤川の前記主張は失当として採用することができない。

四控訴人藤川が時効により本件不動産の所有権を取得した旨の控訴人らの主張について判断するに、控訴人藤川が本件不動産をかつて占有した事実は本件証拠によるもこれを認めるに足りず、却つて、〈証拠〉によれば、亀十郎の遺産は、同人の死亡後は同人の妻ユクにおいて、ユク死亡後は子の被控訴人において、それぞれこれを占有管理してきた事実が認められるから、右主張は失当である。

五控訴人らは、被控訴人の各本訴請求が信義則に反し、権利の濫用として許されない旨主張する。

なるほど、前記認定のとおり、被控訴人及び亀十郎らは、控訴人藤川を亀十郎・ユクの長男とする出生届をしているほか、〈証拠〉によれば、亀十郎死亡後控訴人藤川を家督相続人とする届出がされたことが認められる。

しかしながら、前記認定のとおり、右虚偽の出生届は被控訴人が吉川八長と婚姻して他家に入るためにされたものであり、そのことは控訴人藤川において子供の時から知つていたものであるほか、〈証拠〉によれば、亀十郎の遺産の一部については、昭和四八年ころまでの間、前記認定の戸籍上の記載から、その登記手続は亀十郎から控訴人藤川への家督相続登記を経たうえ同控訴人名義で処分するという形式をとつたとはいえ、被控訴人が抵当権を設定したり、他に売却したりしてこれを自由に処分してきたものであり、しかも控訴人藤川において右登記手続上の協力を求められるままその都度異議なく応じていたことが認められること等の事実関係に照らせば、被控訴人が戸籍上の記載とは異なる真実の身分関係を主張し、これに基づいてした被控訴人の控訴人らに対する各本訴請求が、信義則に反し、権利の濫用にあたるとは到底解せられないから、右主張は採用の限りではない。

六そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被控訴人の控訴人らに対する本件不動産についての所有権確認の請求は正当であり、また、本件不動産に経由された控訴人藤川の家督相続による所有権移転登記は実体の伴わない無効のものであり、これに基づいて控訴人吉川がした本件仮登記もまた無効であつて抹消されるべきであるから、被控訴人の控訴人藤川に対する真正な所有名義の回復による所有権移転登記手続の請求及び被控訴人の控訴人吉川に対する本件仮登記の抹消登記手続の請求はいずれも正当である。

よつて、被控訴人の控訴人らに対する各本訴請求を認容した原判決は結局相当であつて、本件各控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(松村利智 早舩嘉一 寒竹剛)

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